わたしの来た道 vol.01 (田川 一海)

三井記念病院で育った

昔話をしだすともう老人だといいますが、実際、高齢者の仲間入りをする年齢だから仕方がありません。今、人を育てる学校としての病院の役割がますます重要視されています。医師としてのキャリアの大部分を三井記念病院で過ごした一人の消化器内科医が、どのように育ったのかをお話ししましょう。大して育っていないじゃないかと言われるのを覚悟しつつ……

私は1973年に大学を卒業しました。その後2年間東京大学で研修して、これからどういう道を歩いていくのか決める時期になりました。その当時は今のように臓器別の縦割りではなかったので、研修のときに物療内科にお世話になろうかとまず決めていました。当時の物療内科教授は堀内先生でした。

外の病院に出て臨床の経験を積みたいと思っていた私は、堀内教授に相談に行きました。教授からどこに行きたいかと問われ、私が「三井記念病院なんかいいかなと思うのですが」とろくな知識もないのに口にしたら、驚いたことに私の目の前で当時の田中内科部長に電話されて、その電話1本で三井記念病院に行くことが決まったのです。今なら必ず行われる面接などはありませんでした。申し訳ないような話です。

私が就職した頃、卒業後3、4年目までの若い内科医たちは、内科全般について、さらに放射線診断や病理についても幅広く貪欲に学ぶのが当然だと考えていました。診療科部長の下は、いきなり現在で言うシニアレジデントで、内科の医師が総勢15人ほどでした。病棟医はすべて一人持ちをしていました。私たちは偉そうに自分が主人公だと考え、分からない事はハリソン※を読み、すぐ上の学年の先輩たちと、わいわいがやがや相談しながら受け持ちの患者さんを診ていたものです。その頃の私たちのロール・モデルは、walking Harrison と呼ばれる先輩医師でした。

信じられないでしょうが、いろいろな手技もやったのです。循環器を志向する人が腹腔鏡検査に入ったり、実は消化器をやろうと思っている医師が心臓カテーテルの術者をやったりしました。(もちろんちゃんと指導者はついていましたよ。)私自身、心臓エコーや胸部X線の英語の教科書を読んで勉強しました。医師になって最初の5~6年の間に幅広く学ぶことはとても大切で、臨床医としての土台を作るものだと今でも思っています。

1977年頃には消化器をやる気持ちが固まっていました。消化器は患者が多く、いろいろな手技ができて世の中の役に立つのではなかろうかと考えていました。鵜沼部長と楠瀬先生、池田先生に消化器の臨床の初歩を教えていただきました。鵜沼部長と池田先生には腹腔鏡・肝生検を教えていただきました。1ベッドしかない狭い内視鏡室で、先輩のスコープにレクチャースコープをつけさせていただき、邪魔しながら内視鏡検査のイロハから勉強しました。日本でERCPが始まったのは1969年ですが、当院でも楠瀬先生が先駆的にやられて、私も卒業後4年目の1977年秋にはERCPを術者としてやり始めています。1978年夏には「肝臓癌の診断と予後」について国際学会で発表しました。当時は診断後の50%生存期間が4.5か月でした。今から考えると隔世の感があります。

そのあと大学の医局に2年弱いたのですが、どうも試験管を振るのは自分にはむいていないと思い悩んでいたら、人手の足りない三井記念病院からお声がかかり、これ幸いと舞い戻ったという次第です。1980年代は日本の消化器病の臨床が大きく変革され、進歩した時期です。鵜沼部長のお許しと励ましを得て、当院でも若い先生と一緒に臨床のinnovationに取り組みました。そうなると、先生は側にはいらっしゃらないので、武者修行のつもりで高名な先生にお願いして教えていただきました。1980年頃に確立された超音波断層法(Bモード法)を応用した超音波穿刺については、千葉大学まで行って大西先生の手技を見せていただき、ノウハウを学び当院に導入しました。やや遅れて今度は食道静脈瘤の内視鏡的塞栓療法を身につけようと、筑波大学の高瀬先生にお願いして、筑波大学まで何度も通って密着して手技を学びました。

こういう修行を楽しくやってきましたが、日本の消化器病の臨床レベルは高いので、正直「三井記念病院でもちゃんとできます」というレベルを超えるのは大変困難でした。しかし、最も新しいトップレベルの臨床知識と技術をわがものにして提供したい、という意欲は現在も三井記念病院全体にあると信じています。そしてそういう病院であり続けることによって、多くの優れた医療人を輩出しつづける「学び舎」としての機能を発揮できるのだと思っています。

出典:三井記念病院広報誌『ともに生きる』「智情意」(Vol.02、2012年4月30日発行、三井記念病院 広報部)

関連リンク

田川 一海 (特別顧問)

田川 一海特別顧問

1973年
東京大学医学部 卒業
東京大学医学部附属病院 研修医
1975年
三井記念病院 内科
1978年
東京大学医学部附属病院 物療内科
1980年
三井記念病院 消化器内科
1997年
消化器内科 部長
2001年
副院長
2017年
特別顧問
学会認定
日本内科学会認定施設における日本内科学会認定医制度の研修医の指導医
日本超音波医学会認定超音波専門医・指導医(消化器)
日本消化器内視鏡学会認定指導医
日本消化器内視鏡学会認定消化器内視鏡専門医
日本消化器病学会認定施設における指導医
日本消化器病学会認定消化器病専門医
日本肝臓学会認定肝臓専門医
日本医師会認定産業医
日本内科学会認定内科医
専門分野
消化器病全般
慢性肝炎
肝硬変
肝癌の診断と治療
食道静脈瘤の内視鏡的治療
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