すすむ医療 大動脈弁狭窄症の最新治療法 経カテーテル大動脈弁留置術「TAVI(タビ)」
大動脈弁狭窄症は、症状が悪化すると突然死などのリスクが高い病気です。そのため、硬くなった弁を人工の弁に取り替える必要があります。代表的な治療法は「大動脈弁置換術」という開胸手術で、心肺を一時的に停止させ心臓を露出し、狭窄している大動脈弁を人工弁に取り替えるものです。この手術はすでに術式が確立しており、安全で確実性の高い手術です。しかし、人工心肺装置を利用するため、全身の臓器にかなりの負担を強いることになり、体力的な面からご高齢の方や、肺や肝臓などに重症な疾患がある患者さんはこの手術を選択できない事が少なくありません。
そのような患者さんを対象にした新しい治療法として開発されたのが「経カテーテル大動脈弁留置術 TAVI」です。TAVIは開胸手術ではなく、図のように①太ももの付け根などから動脈にカテーテルを挿入し、そのカテーテルを心臓まで運び、②生体弁(牛の組織を原料に作られた人工の弁)を大動脈弁の部位まで到達させ、その場で拡張させて硬化した大動脈弁を割り、生体弁を留置する治療法です。このTAVIは2013年10月より日本でも保険認可され、三井記念病院では同年12月より治療を開始しています。
TF(経大腿アプローチ)
鉛筆ほどの太さに折りたたまれた生体弁を装着したカテーテルを、太ももの付け根にある大腿動脈から入れて、心臓まで運びます。
生体弁が大動脈弁の位置に到達したらバルーンを膨らませ、生体弁を広げ、留置します。生体弁を留置した後は、カテーテルを抜き取ります。
TA(経心尖アプローチ)
肋骨の間を小さく切開し、そこから折りたたまれた生体弁を装着したカテーテルを心臓の先端(心尖部)を通じて挿入します。
生体弁が大動脈弁の位置に到達したらバルーンを膨らませ、生体弁を広げ、留置します。生体弁を留置した後は、カテーテルを抜き取ります。
生体弁は留置された直後から、患者さんの新たな弁として機能します。
開胸手術が困難な方が対象の治療法です
TAVIは希望すれば誰しもが受けられる治療法ではありません。TAVIが初めて人間に施術されたのは2002年で、まだ事例が少なく、術後10年・20年にどのような状態であるかというデータが充分ではありません。また、開胸手術のように実際に狭窄した弁を見ながら丁寧に取り除くわけではなく、遠隔操作でバルーンを使い狭窄した部分をこじ開けるため相応のリスクがあることも事実です。そのため、TAVIを導入した現在でも、大動脈弁狭窄症の根治的治療は「大動脈弁置換術」が基本であることに変わりはありません。ただし、近年、大動脈弁狭窄症は高齢者に多く、高齢者は体力的また別の重症な疾患を患っている可能性が高く、医師が外科手術は困難または非常に危険だと判断し、根治的治療を受けられなかった患者さんにはTAVIの認可は朗報だと言えます。
三井記念病院では、内科・外科の垣根を越えて複数の医師や専門家で構成したハートチームが、大動脈弁狭窄症の患者さん一人ひとりの状態を多面的に診断し「その患者さんが手術に耐えられるか?」「TAVIの方が適切か?」「どのようなリスクが考えられるか?」などを総合的に判断します。
自覚のない潜在的大動脈弁狭窄症にも治療のきっかけとなるよう期待
TAVI導入をきっかけに、これまで大動脈弁狭窄症を患いながらも、年齢や別の疾患などを理由に「大動脈弁置換術」での治療をあきらめていた患者さんが、より低侵襲なTAVIでの治療を求め病院にかかり、診断した結果「大動脈弁置換術」がうけられると判断される場合も十分にあると考えられます。TAVIの普及でこれまで治療をあきらめていたり、症状を単なる老化として片づけていた患者さんにとって、自身の病気を自覚し前向きな治療を受けるきっかけになるのではないかと期待しています。
導入までの計画的な準備
三井記念病院では、TAVIの導入に当たり綿密に準備を進めた結果、2013年10月の保険認可後、比較的早期に導入することができました。
TAVI導入には、ハイブリッド手術室という手術台と心・脳血管X線撮影装置を組み合わせた治療室の設置が必須条件となっています。三井記念病院では、2009年の病院建替えの際には、計画段階からTAVI導入を視野に入れ、ハイブリッド手術室を完備していました。
ハード面の準備に加え、私たち担当医師は、すでに実施していた海外の病院や臨床研究を行っている国内の病院で見学を重ね、関係者と情報を共有するなど、病院全体で準備を進めてきました。
第1例目の患者さんを囲んで(治療成功後)
総合病院であることを活かして
TAVIを行うには、ハートチームの存在が不可欠です。当院でも高度なカテーテル治療の技術を持つ循環器内科医と心臓血管外科医をコアに麻酔科医、心臓画像診断専門医やME(臨床工学技士)、看護師、その他コメディカル、事務職員など、総合病院であることを活かし、様々な職種の専門家からなるハートチームを形成しました。
実際にTAVIを開始するようになってからは、より積極的に心臓血管外科と循環器内科の垣根取り払うつもりでカンファレンスを行い、患者さんがどの科を受診しても大動脈弁狭窄症に対する適切な治療にたどり着ける体制を築いています。
また、大動脈弁狭窄症は高齢化に伴い発症しやすい病気であるため、いざ診察すると高齢ゆえ心臓以外にも疾患を抱えている方が多いのが現実です。当院は心臓専門病院ではなく総合病院ですので、他の科と連携し患者さんの身体の状態を総合的に判断して治療すること、また他の疾患に関しても院内で対応できることを強みとしています。
出典:三井記念病院広報誌『ともに生きる』(Vol.09、2014年1月22日発行、三井記念病院 広報部)
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